春の雲南・越南周遊記 第11日目 瑞麗へ

▼芒市から瑞麗までは約100kmある。バスは芒市南站から出ていると聞いたが南站発の本数は少ないことが分かったので瑞麗行バス専用の三棵樹客運站へ向かった。

 

▼三棵樹客運站からは瑞麗行のマイクロバスが頻発していた。発車時刻が決まっているわけではなく満員になったら発車する「流水」と呼ばれている方式だ。運賃は40元。

▼10時10分発車したバスは滇緬公路を快調に飛ばし13時ころ瑞麗北站に到着した。瑞麗は一段と日差しが強い。

▼1990年の旅は雲南戦役の跡をたどるのが目的だったため瑞麗は1泊しかしていない。街自体は新しく面白くなかったがビルマ人が国境を跨いで自由に往来している光景が新鮮だった。今回は瑞麗に2泊し中国・ビルマ国境の現状を自分の目で確認するのが目的だ。①両国を隔てる瑞麗江の南側(ビルマ領側)にある中国の飛地②北側(中国側)にあるビルマの飛地③畹町橋の3つのポイントを訪問することにした。

▼まずはホテル、ロータリーの近くにあった新築3星の溢洋大酒店にチェックインする。1泊188元と高いがファシリティーは申し分ない。窓からは瑞麗の町が一望だった。遠くの山々はビルマの地だ。

▼午後は①のビルマにある中国の飛地「姐告」に行くことにした。ホテル前の四川食堂で昼飯を済ませると店の前の通りで「姐告」行きの乗合タクシーを掴まえた。

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春の雲南・越南周遊記 第11日目 芒市・菩提寺

▼あまりに変貌した芒市に愕然としたが前回僧房?で夕食をごちそうになった菩提寺だけは行ってみたかった。ホテルの受付に聞くと寺はここからそう遠くはないとのことで散歩がてらに出かけた。教えられた道を進むとすぐ寺は見つかったが・・・しかしもう昔のような風情はなかった。

・上は1990年にほぼ同じ位置から撮影したもの。寺も道路も立派になったが狛犬は汚れロンジー姿の女性も消えた。

▼中に入ってみると・・本堂は改修されたようだ。中庭も舗装されて味気ない。それでも黄色い袈裟の坊主や小坊主が庭掃除しているのは宗教が生きている証拠だ。

▼靴を脱いで本堂に上がる。仏や手前の2体の像は時代を経ても変わらない。左1990年右2012年撮影。

▼昔食事をごちそうになった裏の僧房は倉庫と化していた。下は1990年撮影したもの。何かのお祭りだったのだろうか大勢のタイ族の女たちが食事の用意をしていた。精進料理だったがなかなか美味かったのをのを覚えている。

▼お寺の見物を終わって近くの屋台店で朝飯とする。油条と甘いおかゆ5元なり。

▼ロータリーの今昔、車がしきりに行きかいもう土道も古い民家も自転車も消えた。上は1990撮影

▼ホテルをチェックアウトし次の目的地「瑞麗」に向かうため3km先の客運南站まで歩く。途中何人かのロンジー姿を見かけたがおばさんばかり。

▼黄金に輝くタイ伝統様式のモニュメントがあちこちにあった。タイと中国は直接国境は接していないがメコン川を下ればラオスを経由しそのままタイに通じる。

 

 

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春の雲南・越南周遊記 第10日目 変貌した芒市

▼宿泊は北站近くの建興酒店にする。1泊150元なり、部屋は狭くネットもできないが1泊だけなので我慢する。それより呆れたのがバスルーム、シャワーの湯の出口がしゃがみ式便器の真上にあるのだ。便器に立ってシャワーをしなければならないとは何とも違和感を感じた。

▼芒市は徳宏タイ族チンボー族自治州の州都、この22年間にすっかりビルの立ち並ぶ近代的な街に変貌していた。通りには昔は当たり前だったロンジー姿の女性もほとんど見かけない。東南アジア的の香りはすっかり姿を消し、普通の(あまり面白くない)地方都市(ヤシの樹だけは南国的だが)と化してしまったのだ。予想していたことだが何とも残念なり。

▼22年前の芒市は面白い被写体があちこちに転がっていたが・・・・・・

▼ロンジー姿の女性はもういない。現在では街にはファーストフードの店も多くハンバーガーを注文する若いカップルの姿も当たり前。しかしこれでは写欲がわかない。

▼夕食(魚香肉絲飯と何かよく分からないフライで33元)を済ませるとすぐホテルに戻った。

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春の雲南・越南周遊記 第10日目 芒市への道

▼雲県からさらに100km南下し臨滄の遺構を探す手もあったが、空振りのリスクも高く断念、これにて滇緬鉄道遺構探索は終了することにした。今日はまず保山に出てバスを乗り換え龍陵を経由し芒市まで行く予定。芒市・龍陵は日本軍の戦跡を求めて1990年に旅したことがあるが、22年後の街の変化を確認するのも楽しみだ。

▼ホテルをチェックアウトしバスターミナルへ向かう。この町は何故かエンジンむき出しの農用車がやけに多い。

▼バスターミナルに隣接した食堂で朝飯の米線を食す(5元)、大きな水パイプでタバコをふかしている男が保山行バスの運転手だった。

▼保山行はまともなバスだったのでほっとする、9時30分発運賃57元なり。TVで放映しているのは相も変わらず間抜けな日本兵が八路軍にやられる戦争映画だ。

▼バスはアップダウンを繰り返しながら山道を進む。道は昨日通った大理→雲県より険しい。車窓には一面茶畑が広がる。高地で霧の多いこの付近は雲南省有数の茶の産地だ。

▼途中から小雨となった。窓ガラスが曇って外が見えなくなった。

▼保山には14時15分到着。芒市行は14時20分とのことで売店で簡単な食糧を購入し慌ててバスに乗り込む。芒市まで運賃59元。霧に霞む山々を見ながらバスは高速道路を快走した。

▼怒江(サルウィン河)を渡ると右手に旧道(滇緬公路)が接近する。22年前はこの道をジープで走った。

▼高速道路は龍陵で途切れ(延長工事中)旧道に下りる。やがて懐かしい龍陵の街を通り過ぎる。

▼22年前の龍陵。倉庫の中で日本軍のトーチカを見つけたが今はどうなったのだろう。右下は当時の龍陵のバス切符売場、バスの本数は少なく閑散としていた。

▼隣のおばさんが「食べなさい」と酸っぱい木の実をくれた。謝謝。トイレタイムは1回だけ。公厠はひどいので外で用を足す。

▼終点芒市北站には18時ちょうどに到着、やっとバスの座席から解放された。

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春の雲南・越南周遊記 第9日目 雲県の滇緬鉄道トンネルの遺構

▼バスターミナルの売店でパンとジュースを買い滇緬鉄道の遺構について尋ねると旧214号国道沿の漫湾に行く途中にトンネルの遺構があるとのことである。漫湾行は15時発車とのことで切符を買ってあわててバスに乗り込む。運賃12元。

▼運転手も遺構のことは知っていた。近くに来たら知らせてくれるよう頼む。バスはワンマンで車掌は乗っていなかった。

▼旧道は渓谷に沿っている、交通量は少なくほとんど行き違いの車はなかった。

▼雲県から1時間半し忙懐の集落を過ぎると運転手が「もうすぐだ」と言うので期待が高まる。数分後「ここだよ」の声で下車した。ここ??崖の下に確かに「滇緬鉄道忙懐トンネル遺構」の看板はあるが肝心のトンネルがどこにもないのだ。近くの民家でマージャンをしていた男たちや港(川を遡行する船が発着する港があった)にいた男たちにトンネルのことを尋ねるが「不知道」とつれない。どこを探してもトンネルが見つからないのでついに探索放棄。疑問は戻りのバスの運転手の言で氷解した。「数年前まであの記念碑の脇にトンネルの入口があったが大雨で土砂が崩れ入口は塞がれてしまったのさ」とのこと。崩れた土砂の上にも草が生えたのでもうあたりと見分けがつかなくなったようだ。80年前の鉄道の痕跡はかくして自然に戻った。

・記念碑には漢字だけでなく「THE RUINS OF YUNNAN ー BURMA RAILWAY」と英語が併記されていた。

▼雲県は県城なのでいくつもホテルはあった。ターミナルから歩いて8分くらいのところにあった金氾源酒店にチエックインする、3つ星だが1泊120元と安い。部屋は広く清潔だった。

▼荷物を部屋に置き夕食を摂りに外に出る。東北餃子の看板が見つかったので入る。餃子2籠と螞蟻上樹を注文する代金22元なり。量が多すぎ残してしまう。食堂の親父はハルピン出身で滇緬鉄道については全く知らなかった。

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春の雲南・越南周遊記 第9日目 雲県へ

▼ホテルをチェックアウトし駅の近くのバスターミナルへ、雲県行は10時10分発運賃は76元、

▼ターミナル前の屋台で米線の朝飯を食す。6元なり。

▼発車まで大分時間があるのでターミナル付近をぶらつき9時半ごろターミナルへ戻ると雲県行のバスが停車していた。ええ~大理から雲県までは260kmもあると言うのに20人乗りのマイクロではないか。「大きな荷物はバスの屋根に乗せなさい」とのことだが万一のことを考えリュックも車内に持ち込んだ。乗車率はほぼ100%だった。

▼バスは定刻発車した。雲県までは国道214号線が通じている。山道だが完全舗装で快適だ。

▼峠で第1回トイレタイムとなる。公厠(右下)は汚いので野外で用を足す。

▼道路わきに大きな看板が建っている。英語やハングルと並んで日本語が併記されているのはご愛嬌だがデタラメ。そもそもこんなところに日本人が来るはずもない。

▼改めて雲南は山国だと言うことを感じさせる。

▼第2回トイレタイム。気温は35度、暑くて汗が噴き出る。

▼バスは山また山を越え14時40分ようやく雲県に到着した。昼飯抜きなので猛烈に腹が減った。

 

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春の雲南・越南周遊記 第8日目 大理古城

▼午後5時、このあたりは日没が8時頃なのでまだ太陽は高い。せっかくなので大理古城見物に出かけることにした。下関から大理までは13㎞ほど離れているが8路の市内バスが通じている(運賃2元)。宿のすぐ前にバス停があるので好都合だ。

▼大理まで40分くらいかかった。昔大理は交通の要所として栄えたところだが経済の中心が下関に移ったため今は観光地として機能しているだけだ。ここは城壁が残っており正方形の城内は碁盤の目で仕切られている。背後が山なので到着時には影っていたが空に浮かんだ雲が美しかった。

▼城門をくぐり中に入るとがっかりだった。古い民家や寺院はあるにはあるがみなこじゃれた店に改装されているのだ。その中を観光客がぞろぞろ歩き風情も何もあったものではない。これでは完全にテーマパークではないか。バーやレストラン、コーヒーショップまであり白人のバックパッカーたちがビールを飲んではしゃいでいた。こりゃだめだ、こんな俗化したところに長居は無用だ。

▼餃子屋があったのでここで夕食とした。餃子1籠10元なり、ボリュームがあり満腹になった。(下右)はこの店の親父「今は観光客が押し寄せるようになったが昔は静かな良い街だったんだよ、冬には雪が降ってね、でも白人はここが好きみたいだね、住み着いて自分でバーを経営している男もいるよ」とのこと。夕食を済ますと8路のバスで下関に戻った。

▼宿に戻りPC(まだ調子はよくないが何とかメールだけは見えるようになった)を立ち上げると台湾のWさんからメールが入っていた。「樺南森林鉄道の立新、紅光間の線路を剥がすことが決まり明日から工事列車を牽引するためC2に火が入る」由。ついに樺南も終焉か・・・・・・

「刚刚从桦南森铁处老赵那里得到消息:明天蒸汽机车开始运行,拆除红光到立新的10公里线路,工期大约10到15天。拆除的铁轨用于铺设红光到七星砬子旅游区的5公里旅游专线,铺设铁路时蒸汽机车停驶。以后桦南的蒸汽机车只为旅游包车运行。东北森林铁路彻底谢幕。」

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