ゴム長

▼午前中ゴム長をはいてスコップで家の前の雪かきをした。長靴もスコップも雪かきにはなくてはならないツールだ。ゴム長は2007年10月樺南森林鉄道に出かけた時、駝腰子の村の小さな雑貨屋で買い求めたものだ。あの時は急に雪が降りだし普通の靴ではぐちゃぐちゃの道を歩くのに難儀したが、ゴム長に履き替えてからはどんな場所にも自由に入れ撮影もスムーズになった。ゴム長の値段は20元か30元だっただろうか。そう言えば今使っている毛糸の手袋も樺南で購入したものだ。宿に戻って北京から持って行った皮の手袋を落したことに気付き、とりあえずなんでもいいやと思って露店のような店で購入した。値段は5元だった。今はめったに出動の機会はないが、10年前黒竜江省の僻地で購入した安物が現役なのは嬉しいものだ。

・2007年10月買ったばっかりのゴム長に履き替え撮影続行する、(駝腰子にて)このゴム長今回の雪かき時にも大活躍。

広告
カテゴリー: 東京生活 | コメントをどうぞ

雪の日のお散歩

▼夕方散歩に行こうと外へ出たら辺りは雪国さながらの白一色の景色に変貌しているのに驚いた。鶴見川沿いのいつものコースを歩こうとしたが、雪は降り続き坂道は積雪で歩きにくくなっているので散歩早めにして家に引き返した。本当に滑ってしまっては元も子もない。TVでは「東京に4年ぶりの大雪警報、帰宅の足直撃」のニュースばかりだ。雪国に住む人からすればこんな雪ぐらいで大騒ぎするとは飽きれるだろうが、めったに雪が降らない東京住民にとっては一大事だ。TVでは「雪が降るのを見たのは初めてです」と日本に来て1年目と言う台湾人留学生が興奮したようにインタビューに答えていたのが印象的だった。雪に対する感覚は住む場所によって違う。

カテゴリー: 東京生活 | コメントをどうぞ

芭石鉄道正式DL投入

▼中国のネットを覗いていたら「芭石鉄路内燃小火車正式投運」と言う記事があり、蜜蜂岩での記念セレモニーや試運転写真がUPされていた。投入されたDLは「躍進号」と言うプレートを付けており、蒸機(C2)のような外観だがもちろん水と石炭で走るわけではない。今後蒸機がすべてDLに置き換えるかどうかは不明だが、DLがまじかに迫った菜の花シーズンの観光列車の先頭に立つことは間違いなさそうだ。廃止を免れた芭石鉄道が観光鉄道として発展するのは結構なことだが、それでも遊園地の機関車然としたDLの走行写真を目にすると確実に一つの時代が終わったと寂しい気もした。

・嘉陽国家鉱山公園 http://bbs.scjyjt.com/forum.php?mod=viewthread&tid=30716 より

カテゴリー: 機関車&鉄道 | 2件のコメント

思い出の神戸市電⑲

▼神戸市電を写したネガはすべてスキャンしたと思っていたがまだあった。下は神戸駅からガードをくぐり浜側に中之島方向にでたところにあった専用軌道区間で撮ったものだ。ここは線路脇に飲み屋、簡易旅館、家政婦紹介所等の木造バラックが立ち並んでおり昭和20年代のような雰囲気漂わせていたことは以前に書いたことがある。この区間は2コマしかしかないと思っていたのだがまだあったとは。あの頃でも手書きの「労働大臣認可家政婦紹介所」は古臭いなと思ったのだろうな。

カテゴリー: 思いでの神戸市電 | コメントをどうぞ

あれから23年

▼1995年1月17日、戦後初めての大都市直下型地震「阪神淡路大震災」が発生して23年が経過した。23年前のこの日のことはよく覚えている。早朝暗い中犬を散歩させている時携帯ラジオで神戸で大きな地震が起こったことを知ったが、深刻な震災の状況が分かったのは出勤後TVを見てからだった。住み慣れた神戸の街並みが崩れ燃えさかる様子に息をのんだ。

▼あれから約4半世紀神戸はすっかり復興し、今は震災の遺族だけではなく震災を直接経験していない若い人の間でも震災の風化を防ぎ経験を受け継ぐ活動が行われているとのことだ。下は地震が起こった時から更に4半世紀さかのぼった1970年に撮ったもの。カラーネガを整理していたら、蒸機の中に1コマだけ市電があった。中之島電停で写しているがこの辺り今はどう変貌したのだろうか?

カテゴリー: 思いでの神戸市電 | 2件のコメント

過剰包装?②

▼ピンポーンが鳴ったので玄関に出ると中くらいの段ボール箱を抱えた宅配便の配達だった。送り状を見ると先日オーダーした小型のデジタル置き時計のようだが、それにしてはえらく箱が大きいし軽い。開けてみて唖然とした。空気封入したビニールの緩衝材がびっしりで、これを取り除くと底に時計の入った小さな箱が収められていた。体積からすると包装箱の1/18と言うところか。中に詰める品物大きさに関係なく規格化した段ボール箱に詰める方が配達効率を上げることは分かるが、これではまるでこれでは空気を運んできたようなものではないか。段ボールは即ゴミとして廃棄されるしかないで、大いな資源の無駄使いのようにも思うがどうなんだろう。

カテゴリー: 東京生活 | コメントをどうぞ

月島にあった塩看板

▼所用を済ませ帰宅しようと都営大江戸線の勝どき駅で地下鉄に乗ろうとしたが、思い立って、月島を通って一つ先のメトロ月島駅まで歩き有楽町線に乗ることにした。月島は「やねせん」のように古い街並が残っているからだ。

▼埋め立て地でバス便しかなかったこの地も地下鉄開通後は都心からほんの数分の交通至便の地となり大型マンションやビルが林立するようになった。(昔会社が銀座にあった頃、1度か2度この地を訪ねたことがあるが、えらく不便だった印象しかない)

▼表通りから一歩中に入ると結構古い木造民家が残っている。おや酒屋の店先に塩看板がぶら下がっているではないか。看板自体は珍しくもないものだが、東京都中央区にまだ現役の琺瑯看板があるとは嬉しい。

▼民家と合体した神社?

▼表通りのたばこ屋でも塩看板を見つけた。このすぐ先がメトロ月島駅。

▼わずか30分足らずの探索だったが月島は意外に面白かった。写真集「木村伊兵衛の昭和」の表紙にもなっている「月島のこどもたち」は昭和20年代後半の月島の子供たちの生活を捉えて魅力的(もちろんこんな世界はもうない)だが、東京五輪を控えた再開発の陰でかろうじて残る古い家々が姿を消すのもそう遠い日ではないように思えた。

カテゴリー: 東京生活 | コメントをどうぞ