遙かなる雲南1990年9月⑩瑞麗・畹町口岸

▼ビルマ領が河の北側にせり出しているところ(向こうの山の手前に川が流れている)。柵もフエンスないので簡単にビルマ領に立ち入ることができる。

▼足元をよく見ると国境を示す標識があるにはあるが・・・・。しばらく歩くと川にぶつかる。このあたりは川幅が狭いので楽勝で渡河できる。ピリピリした中朝国境と違って国境警備隊の姿はない。何と緩い雰囲気の国境だろう。

▼畹町口岸、この橋(畹町橋)が滇緬公路の中国側の終点、橋の向こうはビルマだ。両国を往来には(建前としては)ここを通らなければいけないことになっている。この道をまっすぐ行けばラシオ、マンダレーだ。1945年拉孟、騰越の戦いで敗北した日本軍もこの橋を渡ってビルマに撤退したかと思うと感慨深かった。

▼橋を渡りビルマに向かうトラクター牽引の公共汽車。買い出しに来たロンジー姿のビルマ人で満員。もちろん外国人は乗れない。

▼畹町は貧しい田舎町の印象しかない。今やビルが林立した町に変貌しているとはとても信じられない思いだ。

▼畹町口岸の訪問を終え昆明に戻るため滇緬公路を芒市空港まで急いだ。

▼22年前外国人に開放されたばかりの雲南最西部への旅(鉄道とは全く関係なかったが)は短期間だったが強い印象に残っている。その後この地がどう変わったのか、来月の再訪が楽しみだ。

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